子どもの言葉

 子どもと宿題の話をしている時に計算問題の話しになりました。

 計算問題はあんまり好きじゃない?

 そんなことないよ。でも、時間を測られるのは嫌い。

 時間を決められてやるのは好きじゃないんや。

 うん。測られると焦ってくるから嫌。測ってやるやつやから苦手に見えてるんじゃない。

 そかぁ。測られてなかったら計算は嫌じゃないんやね。

 うん、そやでぇ。

 苦手やと思ってたわけじゃないで。そう思わせてしまってごめんよ。


 ざっくりですが、こんな会話がありました。

 なんかもう相変わらず工業化社会のコードから抜け出せていないんだなと思いました。

 「より速く、より正確に」が得意で良いことだと思っているんだと子どもが感じ取っていたんだなぁと思います。

 計算が速く出来ないから苦手という思い込みにとらわれていたことに気づかせてもらいました。
 
 速く出来なくても問題ないですし、苦手だったり出来ないということではありません。

 にも関わらず、速く正確に出来ることが正しいこと、出来ることだと評価されることがほとんどです。

 その結果、速くはないけれど出来ていた子どもは出来ていない、苦手なんだと周りから思わされてしまう。

 より速く、より正確にで人間は機械に勝てませんし、AI時代により速くより正確にの価値はどんどんなくなっていくと思います。

 むしろ計算につまづき、疑問を持ち、何でこうなるんだろうと問いを持ち考える力のほうが必要になっていくと思います。

 工業化社会のコードからまだまだ抜け出せていないこと無自覚にそのコードを子どもに伝えていたことをしっかり反省して、子どもとの時間を過ごしていこうと思います。

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