文学国語で鑑賞文を作成
文学国語で原田マハさんの文章を読み、鑑賞文を書くという課題を行いました。
文章から鑑賞文の特徴をまとめて、どうすれば効果的に作品の魅力を伝えられるかを考えて、実際にバーチャル美術館で作品を探して鑑賞文を書くという課題を行いました。
他校と連携し、お互いが書いた鑑賞文をスプレッドシート投稿し、最も観たくなった鑑賞文を決めるという取組も並行して実施しています。
生徒からリクエストがあったので僕も鑑賞文に挑戦してみました。
作品:サモトラケのニケ
飛び立とうとしている。私が最初に思った印象はそれだった。手も首もない銅像、飛ぶはずのないその塊は確かに魂を持っているように見えた。
ダリュの階段踊り場に差し込む光に導かれるように飛び立とうとしている。その姿は数十年たった今もなお私の心に鮮明に再現することが出来る。
彼女はルーブルに1884年にやってきた。118にまでバラバラになった翼を復元しサモトラケ島からやってきた勝利の女神ニケには様々な物語がある。
Nikeという文字を見ると銅像ではなく靴をイメージする人がほとんどだろう。世界的ブランドNIKEの名前は勝利を導くニケの英語読みが由来となっている。
あの独特のロゴマーク、スウッシュはニケの翼をモチーフとしてデザインされたといわれている。
人々が必死になってニケの翼が入った靴を買い求める姿を上から見ているニケはどんな気持ちなんだろうか。苦笑いをしている気がするのは、私が価格にあおられる人を哀れに感じているからだろうか。
そんなニケをここまで有名にそして劇的な存在にしたのは、頭と両腕がないからだろう。完成していない存在であるからこそ人はない姿に思いをはせる。
勝利のリースを持っていた、勝利を知らせるラッパを持っていたのではないか。今まで多くの人がそれらしい説をとなえてきた。しかし、残念ながら1950年に真実が明かされてしまった。なんとニケの右手の一部が発見されたのだ。しかも多くの人の創造を裏切って何も持たない右手で。
しかし、ルーブルはその右手を復元することなく、そのまま保管している。一般公開はされているがダリュの踊り場のニケの足元にそっと置かれているらしい。
置かれているらしいというのは確実に観てはいるはずのなのに、僕の頭の中には右手はいない。
本当の姿がどうであったかという事実よりも自分の目にはどう見えて何を感じるのかという真実に僕はサモトラケのニケの価値があると信じている。
死ぬまでもう一度、再会したいあの飛び立つことのない真実の姿をした飛ぶニケに。

文学国語で原田マハさんの文章を読み、鑑賞文を書くという課題を行いました。
文章から鑑賞文の特徴をまとめて、どうすれば効果的に作品の魅力を伝えられるかを考えて、実際にバーチャル美術館で作品を探して鑑賞文を書くという課題を行いました。
他校と連携し、お互いが書いた鑑賞文をスプレッドシート投稿し、最も観たくなった鑑賞文を決めるという取組も並行して実施しています。
生徒からリクエストがあったので僕も鑑賞文に挑戦してみました。
作品:サモトラケのニケ
飛び立とうとしている。私が最初に思った印象はそれだった。手も首もない銅像、飛ぶはずのないその塊は確かに魂を持っているように見えた。
ダリュの階段踊り場に差し込む光に導かれるように飛び立とうとしている。その姿は数十年たった今もなお私の心に鮮明に再現することが出来る。
彼女はルーブルに1884年にやってきた。118にまでバラバラになった翼を復元しサモトラケ島からやってきた勝利の女神ニケには様々な物語がある。
Nikeという文字を見ると銅像ではなく靴をイメージする人がほとんどだろう。世界的ブランドNIKEの名前は勝利を導くニケの英語読みが由来となっている。
あの独特のロゴマーク、スウッシュはニケの翼をモチーフとしてデザインされたといわれている。
人々が必死になってニケの翼が入った靴を買い求める姿を上から見ているニケはどんな気持ちなんだろうか。苦笑いをしている気がするのは、私が価格にあおられる人を哀れに感じているからだろうか。
そんなニケをここまで有名にそして劇的な存在にしたのは、頭と両腕がないからだろう。完成していない存在であるからこそ人はない姿に思いをはせる。
勝利のリースを持っていた、勝利を知らせるラッパを持っていたのではないか。今まで多くの人がそれらしい説をとなえてきた。しかし、残念ながら1950年に真実が明かされてしまった。なんとニケの右手の一部が発見されたのだ。しかも多くの人の創造を裏切って何も持たない右手で。
しかし、ルーブルはその右手を復元することなく、そのまま保管している。一般公開はされているがダリュの踊り場のニケの足元にそっと置かれているらしい。
置かれているらしいというのは確実に観てはいるはずのなのに、僕の頭の中には右手はいない。
本当の姿がどうであったかという事実よりも自分の目にはどう見えて何を感じるのかという真実に僕はサモトラケのニケの価値があると信じている。
死ぬまでもう一度、再会したいあの飛び立つことのない真実の姿をした飛ぶニケに。

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