教えないから生まれる力

 子供が自分で書いた絵の上に「ヘラクレスオオカブト」とカタカナで書いていました。

 しかも「デスストーカー」や英語の「VS」まで書けるようになっていました。

 驚いたのは、書き方を教えていないということです。

 子供はただ図鑑を眺め、自分の好きな生き物の名前を「書きたい!」と思った。

 その気持ちだけで、書かれている文字の、形を真似し、書けるようになったのです。

 学びは本来こういうものなんだと思います。

 必要だから、面白いから、書きたいから、覚える。

 そこには「この順番でやったほうが効率的」という大人の都合は一切ありません。

 「あいうえお」から、書きやすい文字から覚えたほうが書きやすいなんてことを考えたりしてしまいます。

 また「ひらがなを覚えてからカタカナ」「カタカナの後に英語」と教える順番を気にしてしまいます。

 確かに体系的に学ぶことは大切かもしれません。

 でも、それはあくまで大人が安心するための方法であって、子供が「やりたい!」と感じる瞬間を超える力は持っていない気がします。

 子供は「書きたい → 書けた! → もっと書きたい!」というサイクルの中で、自然と学びを広げていきます。

 その気持ちを尊重し、邪魔しないことが、教育における最も大切な関わり方なんだと思います。

 教えないことが、学ぶことになる。

 そう感じさせられる出来事でした。

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