「正しさ」「正義」「正解」から、より適切な関係性 篠原信

 篠原信さんがブログで書かれていた「正しさ」「正義」「正解」から、より適切な関係性がとても良かった。

 詳細はぜひブログを直接、読んでほしいと思いますが、幼少期、「正しさ」に固執して「正しさ」を人にも強制してきた著者が他者の背景や環境に触れることで、その「正しさ」が一面的であると気づきます。


 その結果、対話や共感を通じた関係の構築こそが、状況を前向きに変える鍵になると気づきます。

 そして、すべての人に通用する「正しさ」は存在せず、個々の状況にふさわしい「適切さ」を模索する姿勢が本質的だという結論になるという話です。

 とても考えさせれる話で、それを読みながら僕自身も子供ともっと正義について考えないといけないなと感じました。

 「正しい」とは何なのかは常に考えないといけない

 日々、子供と過ごしている中で「暴力は良くない」と言いながら「暴力したら○○」という別の暴力を行使して子供の暴力を抑制しようとしてしまっています。

 結局はそれは暴力を暴力で抑えているにすぎず、なぜ暴力がダメなのかから目をそらしているだけの行為だと思います。

 正義のヒーロは悪者に暴力を使用しています。

 ヒーローの暴力については子供と話しをすることがあります。

 その時にアンパンマンの作者やなせたかしさんの話を使わせてもらうことがあります。


「得意技のアンパンチだって、敵のばいきんまんを殺すことはありません。ばいきんまんは死ぬのではなくて、自分の家に帰ってしまうだけですね。」


「アンパンマンは、ばいきんまんが死なないように殴っている。アンパンチは、相手をボカボカに殴るのも悪いので一発でポカーンとやってしまおう」
『私が正義について語るなら』
 でも、その話では暴力はダメという話にはなりません。

 アンパンマンではなくウルトラマンでは完全に倒すことも多々あるので、それはいいのか?ということも対話していかないといけないと思っています。

 他にも「倒さないなら暴力は使っていいのか?」という話になるんですが、その正解もないと思っています。

 だからこそ子供が暴力を使った時に何を話すのか、(正しい/正しくない)の二項対立で考えるだけでない適切さを見つけていきたいと思います。


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