同じ人であっても環境によって評価が変わる

 中原淳先生のブログ「自分の所属する「組織(ハコ)」によって、あなたは「有能」にも「無能」にもなりえる件」を読みました。
 自分の息子さんが働く場所によって「無能」と「有能」になったという話が書かれています。

 とても面白いので、詳細はぜひブログでお読みください。

 最近、所属する場所が変わったので余計に興味深く感じた気がします。

 学校という場所からは変わっていなくても、勤務先が変わることで環境は変化します。

 教員にも働く場所によって「有能」にも「無能」にもなるというのは、当てはまると思います。

 実際に異動や転任によって、前の学校では“有能”と評判だった先生が、新しい職場では“あれ、ちょっと頼りない”と思われてしまうことがあります。
  
 逆に、前の学校では目立たなかった先生が、異動先で水を得た魚のように活躍することもあります。

 これは教師個人の能力の問題ではなく、「環境と役割のマッチング」の問題だからだと思います。

 たとえば、少人数校であれば、生徒一人ひとりに丁寧な対応をする余裕があるので、細やかな観察力と寄り添う姿勢が光る先生は、高く評価されます。

 しかし、大規模校に移れば、生徒数が一気に増え、全員に同じだけ目を配ることが物理的に難しくなります。
  
 結果として、「気が利く先生」が「対応が遅い先生」に映ってしまうことがあります。

 また、自由でフラットな職場で活躍していた教師が、上下関係の厳しい職場に移った途端、発言の仕方や行動のタイミングが“浮いて”しまうケースもあります。

 評価は常に「その職場の“期待値”とのズレ」で決まってしまいます。

 環境が変わるだけで、“同じ人”がまったく別の印象を与えてしまうことがあります。

 分掌や校務の担当でも同じことが起こる可能性があります。

 前の学校ではICT活用の旗振り役だった教師が、異動先では全く違った分掌になることがあります。

 その結果、得意な分野で活躍していたはずが、新しい役割では力を発揮しづらくなり、周囲からは「なんだか頼りない」と見えてしまうことがあります。

 それは、能力が下がったわけではありません。
 
 ただ“活かされ方”が変わっただけです。

「評価」は流動的で、場所によって変わります。

 つまり「あの先生は有能」「あの先生はイマイチ」といった評価は、決して絶対的なものではないということです。

 環境・役割・人間関係・文化の中で、相対的に決まる評価になってしまっているだけなんだと思います。

 だからこそ、異動したばかりの教師が戸惑うのは当たり前で、うまくいっていないと感じても、自分を責める必要はないと思います。

 大事なのは、自分の芯を保ちながら、新しい環境に少しずつ合わせていくことだと思います。

「自分らしさ」を無理に捨てる必要はないですが、それを“今の職場に合った形”で表現し直す工夫は必要なんだと思います。

 教師は、人と人との関係性の中で成り立つ仕事です。

 だからこそ、環境によって見え方も、評価も、成果も変わってしまう。

 だから教師は「不安定で損な職業」という意味ではありません。

 むしろ、自分の力を“活かし方次第”で変えていけるという、可能性に満ちた職業です。

 そして「有能か無能か」を決めるのは、誰かの評価ではなく、目の前の子どもたちとどう向き合い、どう変化に対応していくかだと思います。

 そんな視点で、自分自身や周りの先生たちを見つめてみると、新たな気づきがあるんだろうなと思いました。

 

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