早く正確に解くことの価値

 先週のテレビ千鳥で大悟さんが三角形の内角の和の合計を知らないままに1つの角度を求めることが出来るのかという企画がありました。

 三角形の内角の和が180度というのを知っていれば簡単に解ける問題なんですが、その公式を知ることなく解けるのかという挑戦でした。

 いろんな試行錯誤を繰り返して正解に到達するんですが、その途中で相方のノブさんに時間オーバーと言われてしまいます。

 それに対して大悟さんは「時間がなければ・・・」といった時間制限に関する返事をします。

 この言葉が心に残りました。

 それは僕自身が時間内に解くことが正しいという価値観から完全に脱却できていないなと感じたからです。

 問題があって時間内に速く正確に解くことが優秀だとされていた時代は確かにありましたが、生成AIの登場によってその価値観は完全に崩壊したと思います。

 共通テストでAIの正解率が91%を超えたというニュースが話題になりましたが、限られた時間で速く正確に解くという能力は完全に人間を超えていると思います。

 そんな中、人間が出来ることはまさにテレビ千鳥で大悟さんがやっていたように人から見たらムダに見えるかもしれなくても、自分の中では楽しく考えていくということだと思いました。

 もちろん三角形の内角の和が180度ということを知っていることが悪いというわけではないですし、効率的に出来ることは積極的にやればいいと思います。

 しかし、これから先は効率的に最速で答えにたどり着くという能力を磨いても勝ち目はないと思います。

 より速く効率的に学ぶという学び方を、正統的周辺参加のような学習に変化させることが必要だと思います。

 仕立屋さんに弟子入りした新人がボタン付けから学んでいくように、任しながら正統に共同体に参加しながら学んでいく。

 新人は単にボタン付けの技術だけでなく、布を切る様子、職人さんとのコミュニケーションなど様々なものを時間に制約されることなく学んでいきます。

 そして1人前の仕立て屋になるんですが、仕立てしか出来ない人になっているわけではなく学習の仕方を学んで成長していっています。

 まさに魚ではなく、魚の釣り方を学んでいっている状態です。

 学校でその状態をどうやって作るか、単に知識を伝達して、知識を正確に記憶しているかを測る状態になっていないか。

 自分の出来ることからコツコツとやっていこうと思いました。
 

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