教職研修1月号

 教職研修1月号を読みました。

 年間購読ももう終わりが近づいてきました。

 年間購読を始めてもう数年がたつので過去の教職研修もかなり増えてきました。

 積み上げた雑誌の数だけ自分が成長出来ているのか少し不安ですが、変わらず読んでアウトプットをしていくことを続けていこうと思います。

 今月号で面白かったのは、「キョウイクアタマ ~凝り固まった「こうあるべき」をほぐす話~」でした。

 書き手の南浦先生が大学の授業で教員養成課程の学生に「教科書会社が指導案からワークシートまで作ってくれているので、教材研究に時間をかける必要はないんじゃないか?」という問いかけをしたtころ全員が困ったようにシーンとなってしまったという話から始まります。

 教員養成課程の学生にとっては教師は教材研究をするもの、授業を考えるものという当たり前があります。

 それは授業で模擬授業や指導案、授業研究を多くしているからだと思います。

 僕自身も大事だと思っていました。

 しかし、いざ学校現場で働き始めると教材研究の時間を勤務時間内で確保するのは至難の業だということに気づかされます。

 結果、勤務時間を大きく超過して教材研究や授業準備をする。

 しないと明日の授業ができないから仕方ない、といった生活になっていきます。

 そうなってくるとあれだけ大切だと思っていた研究授業をしている時間なんてない、研究授業や指導案は負担だと感じるようになると思います。

 周りの先生方もそういっているし、それでいいんだと思うようになり、学校現場での当たり前に飲み込まれていきます。

 僕自身の教材研究への考え方はさておき、大学時代に大事だと思っていたことと実際に働いてみて大事だと思うことに差があっても忙しさで、知らず知らずのうちに飲み込まれてしまう。

 大切だしやりたいと思っていたことをする時間がなく、それについて話す時間もなかなかないというのが、現状だと思います。

 どんな思いで教師になったのか、どんなことをやりたいと思って教師になったのか、を話し合える時間を作れるかどうか、聞く余裕を持って若い先生と話し時間を取れるかどうか。

 これが40歳を超えてからの自分の重要な役割なんだろうなと思っています。

 
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