「トランプ支持者は低学歴」とか言っている新聞とリベラルの酷さ。

 桃野泰徳さんのブログを読みました。

 この記事では、アメリカ大統領選挙において、ハリス氏の敗因を「トランプ支持者は低学歴」とするリベラル層や一部メディアの見解に対し、桃野さんが強い違和感を示しています。

 また、自分の価値観や「正しさ」「好き」を他者に押し付けることは暴力的であり、かえって反発を招くと指摘しています。

 詳細は記事を読んでもらいたんですが、「正しさ」や「好き」を押しつけることが暴力であり、反発を招くというのはとても共感しました。

 人にはそれぞれ好みがあり、好きなものはそれぞれです。

 しかし多くの人が自分の好きなものやことを自分が大事な人や大切な人に共有してほしいと思ってしまいます。

 自分がこんなに好きなことを相手にも分かってほしい、相手もきっと分かってくれるはずだという気持ちは分かりますが、それは残念ながら叶うことのない希望です。

 同じ環境で過ごして、同じようなモノを食べてきても好き嫌いは分かれます。

 同じ環境で過ごしても感動することは違います。

 僕自身も過去にそれでたくさん失敗してきたので、好きを押しつけない人間関係を意識するようになりました。

 教師は「正しさ」を押しつけてはならない

 今回の記事で個人の関係より考えたのは教師の「正しさ」の押しつけです。

 教師がいくら感動したから、これはいいと思ってもそれは生徒にとっていいかどうかは分からないという前提に立てることはとても大切だと思います。

 これはぜひ教材にしたい、見てほしいと思ったしても全員にそれを強いることは押しつけでしかありません。

 もっというとクラスが仲良くあるべきだ、規律は守るべきだ、挨拶はきちんとすべきだという教師の考える「正しさ」を押しつけるのも同様です。

 教師の考える「正しさ」に当てはまらない子どもをきちんとしていないと判断したりするのは、本当に良くない考えだと思います。

 そうはいってもルールを守ることは正しいから押しつけても実現すべきだと考えてしまっているなら、それは誰かの大切な考えや意見を弾圧しているかもしれないと思ってほしいと思います。

 教師という職業は「正しさ」の押しつけになっていないかについてもっと自覚的であるべきだなと記事を読んであらためて考えました。
 
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