『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』今井むつみ

 タイトルで心当たりあると思った人はかなり多い気がします。

 僕もその1人で何回説明しても伝わらない経験をしたことがあります。

 伝わるまで「言い方を工夫しましょう」「言い換えてみましょう」「わかってもらえるまで、何度も繰り返し説明しましょう」ということを書いている本ではありません。

 むしろ伝わらないのはそういう部分ではなく、もっと本質的な問題があるからですよ、と教えてくれる本です。

 多くの人が面と向かって話せば伝わると考えていますが、それは本当にそうでしょうか?

 目を見て話し、目を見て聞けばお互い理解しあえることが出来ると、多くの人が信じています。

 しかし、その考え方が何回説明しても伝わらないを生み出してしまっています。

 人はそれぞれにスキーマー(枠組み)を持っています。

 スキーマーは常に物事を理解するときに無意識化で働いています。

 「ネコ」と聞いて様々な種類のネコが思いついたり、個人的には魔女の宅急便のジジが連想されるんですが、それはスキーマーの存在があるからです。

 「ネコ」と聞いて様々な「ネコ」やネコに関連することを思いつくと思うのですが、スキーマは個々の経験や知識、文化、生活環境に異なるので、同じ言葉に対しても考えていること、理解が違うということが発生します。

 具体的にイメージするものも違いますし、感情も異なることがあります。

 ネコ=かわいいという人もいれば、ネコ=怖いの人もいる。

 ようはどれだけ丁寧に話して、相手が「分かった」と言っても自分の意図通りに伝わっているとは限らないと考えられるかどうかが、とても大切です。

 学校を中心に発生している「さっき分かったって言ったのになぜ出来ていないの?、分かったって言ったのに全然、分かっていないじゃないの?」というやり取りも、この前提がなくて起きているのがほとんどです。

 なので、「説明したのに、何度も言ったのに」と怒る前に相手と自分のスキーマが違っているのではないか?と疑うことから始めることがとても大切です。

 僕も国語の授業で「小説を脚本にする」という課題を出したときに、脚本の書き方・脚本のポイントなどを説明したんですが、どうも伝わっていない感じがしたので話してみると、「脚本」が何なのかを分かっていなかった。

 脚本を知らないのが悪いとか脚本の説明をしないのが悪いとか、そういうことではなく何度、丁寧に明しても伝わらないのは国語という言葉の中に、小説を脚本にするという思考があった側となかった側で共有が出来なかったということです。

 バイアスからは逃れられないけれど、バイアスを疑うことは忘れてはいけない

 スキーマの存在が分かったからといって、言葉によって理解しあえるというわけではありません。

 人にはそれぞれ認知の仕方が異なっています。

 人は何かを認知する時に、バイアス(偏見)の影響を大きく受けています。

 このバイアスとどう向き合っていくか、どんな具体的なすれ違いがあるのか。

 そのあたりが気になる人はぜひ本を読んでみてください。

 とても面白く、今井さんの本の中で入門書的な立ち位置になるのかなと思います。




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