『教室マルトリートメント』川上康則

 買っていたのに読めていなかった『教室マルトリートメント』を読みました。マルトリートメントという親子間の不適切な関り方という言葉をベースに学校における子どもとの不適切な関り方を書かれた本です。自分自身の教室での言動の中に子どもと適切に関われていなかった部分があったかもしれないと思うこともあり、今後の教師生活にとって読んでおいて良かったなと思える内容でした。

 教師がもともと子どもに対して不適切に関わろうと思っているわけではなく、学校の構造が教師を焦らせてしまい不適切な関りになっていることも多いと書かれていて、確かにそういう部分もあるなと思いながら読ませてもらいました。
 内容が気になった人は、川上さんのインタビュー記事もあるので参考にしてみてください。



 子どもはみんな金平糖

 本の中で印象に残った言葉が「子どもはみんな金平糖」でした。大人はついまん丸を目指そうと大人から見て直したいトゲを取ろうとします。しかしトゲに見えているものはあくまで教師から見たトゲにすぎません。教師から見て騒がしい、落ち着きがない、反抗的などというトゲは、教師から見てトゲに見えているだけで子どもたちにとってはトゲなんかじゃないことはよくあります。

 そもそも子どもだけでなく大人も金平糖のように丸ではなくいびつな形をしているのにどうして子どもを丸くしようとするんでしょうか。

 人が人を変えることなんて出来ません。にも関わらず学校内では人が人を変えようとすることが良いことのように扱われます。
 ”積極的に発言できるようになる、話を聞く子どもにする、自発的に行動できるようにする”などなど学校が子どもを変えようとする目標をよく見かけます。学校とは教育とは何なんでしょうか?本の中に引用されているピアジェの言葉が響きました。

 「ほとんどの人にとって、教育とは子どもをその属する社会の典型的な大人に近いものに仕立て上げることを意味している。」

 本当にそれでいいんでしょうか?典型的な大人に近いものに仕立て上げる教育を目指しているんでしょうか?僕は違うと思っています。

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