『沈黙のパレード』

 探偵ガリレオシリーズ『沈黙のパレード』を読みました。少し前に読んだ『透明の螺旋』の1作前の作品で文庫化され、この秋に映画化される作品です。
 内容は東京の食堂の看板娘で町のアイドル的存在だった若い女性が遺体が見つかり、男が逮捕される。逮捕された男は、過去に少女殺害事件で逮捕されたが、証拠不十分として無罪となった男だった。次こそは実刑をと思っていたが、なんと今回も証拠不十分で釈放されてしまう。しかもその男は釈放された後になんと被害者達の前に現れて悪態を吐く。絶望の中、町のパレードの日にその男が遺体で発見される。

 容疑者のほとんどに不自然なほど完璧なアリバイがある。犯人は誰なのか。さすがのガリレオシリーズでした。ほんとに面白いかったです。特に犯人や関連しそうな人が序盤から分かっていて謎を解いていくだけなのかと思っていたら最後の最後にえっ!!??となります。しかもそれが1つだけじゃありません。最後には『容疑者Xの献身』の時の話も関係してきます。ほんと最後の最後まで仕掛けがある。ほんとにさすがでした。
 


 罪って何なのか

 東野さんの作品でたびたび扱われるテーマだと感じているんですが、罪とは何なのか?人が人を殺した時点では罪は成立しているわけでなく、捕まらないことや無実になることがあります。それなのに人を殺した人を殺された人を愛する誰かが殺しても犯罪になります。

 殺人が社会の中で殺人という罪になるのは、警察に逮捕され、検察に起訴されて、裁判所で罪状を言い渡された時点です。ようするに罪というのは、社会の中で生きていくうえであなたのとった行動は適切ではないから社会の中で罰を与えて、社会のバランスを取ることなんだと思います。

 社会を成立させるために罰が存在しているわけで、人が人を殺してはいけない、モノを盗んではいけないは社会でないところで生きていくならば罰せられることはありません。  
 人がまったく住んでいない場所で人と干渉することなく、完全に自給自足をしているのであれば、そこにある資源を勝手に使っても問題ありません。

 ようは人が社会で安心して生きていくために法律があり、罪があり罰があたえられる。人が人を殺すことは悪いとかダメではなく、社会で人が安心して生きていくために社会にとってイレギュラーな行動は裁かれるのだとすると、結局、罪とは何なんだろうなと考えさせられます。

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