どうして『無能な上司』が存在するのか?


 キングコング西野さんのvoicyを聞いて、いやあ本当に言語化する能力がすごいなと思いながら頷きまくってしまいました。リスナーさんからのなぜ無能な上司が存在するのか?という問いに対して。
 西野さんの放送の内容を僕なりにまとめておきます。ちゃんと聞いてみたい人はリンクから聞いてみてください。

 シャチは海の中では圧倒的に有能な存在だけど、地上に出てくると何も出来ない。
 つまり、有能か無能というのは環境に依存する。会社で無能な上司とされる人はある環境では優秀だったが、上司になることで無能になった。具体的にいうと営業部門で個人成績が抜群だった結果、出世することになった。しかし出世した後に求められるのは営業の能力ではなく、部下のマネジメント能力になってくる。顧客に物を売る能力が抜群でも、部下を育てる・仕事を割り振る・予算を確保することは苦手というかやったことがない。だからその環境においては無能にみえてしまう。

 もともと無能な上司ではなく、環境が変わることで無能になってしまう。そして、それはある環境において有能と言われている誰にでもやってくる可能性がある。つまり無能な上司を作ってしまっているのは個人ではなく会社側であって、無能な上司がなぜ存在するかというのは会社側が作り出してしまっている。




 学校の管理職でもまったく同じことがいえる

 学校においても同じことが起きていると思います。教師として優秀で信頼されている人が管理職になった途端に評価が下がってしまう。なぜなら教師としての職能と管理職としての職能はまったく異なるはずなのに、教師として有能が人が管理職になっていく。
 教師と管理職でどちらが優秀なのかという問題ではなく、やることが違っているので適性が違うと考えたほうがいいんだと思います。
 学校をマネジメントする、ヒト、モノ、カネをどう使っていき学校をより良いモノにしていくのかということをやりたいと思って教師を目指す人はほぼいないと思います。当然、大学で学校経営について学べるところも少ないです。教えられる人も多くないと思います。

 その結果、外部から校長を探すという施策が取られたりするんだと思います。上手くいった事例もありますが、全国的に広まっていないところを考えると大成功しているとはいえないんだと思います。それは実は学校の運営は『非営利組織の経営』でドラッカーが書いているように営利企業の運営より難しいからです。

 その対策として、速い段階から教師の中で学校運営をしたいという人が学習出来る環境が必要だと思います。僕自身も大学院に行くまで教師教育学、学校経営といったことを学んだことがありませんでした。毎日、働いている中でまとまった時間を取るのはなかなか難しいというのが現状だと思います。
 そんな中で文科省は校長に対して研修制度の充実などを求めていますが、校長先生個人に負担をかけるのではなく、組織として取り組むシステム作りが必要だと感じます。

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