更新され続ける世界記録

 現在、開催されている世界水泳で世界新記録が大幅に更新されたり、様々な競技で世界新が更新されました。若い選手を含めて多くの選手の技術が向上し、破られることがないと言われてきた記録が更新されています。あまりに好記録が出すぎるために禁止された水着を着用した記録も更新されています。 
 水上カメラの技術の向上、多くのデータ分析から研究が進み身体をどう動かせばいいのか、水の抵抗をおさえるためにはどういう手の使い方がいいのか、足の使い方がいいのかということが研究されています。水泳に限らず他の競技でも新記録は更新され続けています。数十年、破られなかった記録も更新される日はやってきます。スポーツだけでなく競馬でもレコードタイムが更新されています。

 それでも最強は誰だという議論がなくならない

 最新の世界記録を持っている人が1番であることは間違いないはずなのに、いまだに最強スイマーは?とか最高の競走馬は?最速のスプリンターは?といった話題はなくなりません。
 時代が違うから環境が違うから相手が違うから・・・こういった理由で記録的には負けていても最強だという主張はなくなりません。もちろん個人的に好きだから、自分の中でNo1だというのはいいと思いますが、データを否定してそうではないというのは無理があると思っています。

 何が言いたいのか?

 長々と前振りをしてきましたが、何を言いたいのかと言うとデータを感情で否定するのは、議論にならないということです。データは必ずしも正確ではなく恣意的に切り取ったりすることは出来ます。なのでデータが絶対ではないということは分かっていますが、データに対してただ感覚で否定することが多すぎると思います。

 特に教育関係に関してはその傾向がより強いように感じています。自分の頃はこうだった、昔はこうだった的な理論によってデータが無視されていきます。データ的にはそうだったとしても現実の生徒はそうではない、それじゃうまくいかないといったことがよくあります。

 経験してきたことを活かすのが悪いとは言いませんが、どんなデータをもとに言われていることなのか?試してみる価値もないのか?ということは考えてもいいのになと思います。

 そんなことを言っていますが、僕も教育をよくするためにデータを分析し、研究していることを知ったからというのが大きいです。

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