『友人の社会史』石田光規

 教職研修で赤坂先生が取り上げていた『友人の社会史』が気になったので読んでみました。友人とは何なのかという問いに対して、新聞に登場する「友人」「親友」という膨大な量のデータを分析し、友人という関係がどう変化してきたのかを導き出していた。友人という関係性がどんなものかと聞かれると説明するのは難しい。時代によって変化してきたものなのか、それとも昔から変わらないものなのか。

  筆者の分析によると昔から変わること無く友人と過ごす時間に楽しさを感じているが、関係性は少しずつ変化してきているというものだった。親友や仲のいい友達には変化は見られないが、知り合い程度の友人関係は激増している。関係の薄い友人が増えているのはスマホ、SNSの登場と大きく関わっていることは間違いない。  

 ただし人数に変化のない親友や仲の良い友人との関わり方の内容には変化が見られる。自分の考えを曲げてでも争いたくないと考えている人の割合が増えたり、納得いくまで話し合う割合は減少している。また、友人といることに楽しさを感じながら1人でいるほうが落ち着くという割合が増えていたり、1人がいいと漢字ながら連絡を取っていないと不安という割合も増えている。

 友人関係は楽しいし必要なものではあるが、自分の意見をぶつけあってまで維持したいものではなくなっているといえる。その結果として、悩み相談の相手が友人の割合が減り続け、母親の割合が増加している。最終的に相談相手が母親という割合が友人を超えようとしている。

 友人関係が本音を共有したり、深めていくものではなく、その場をうまく過ごすために維持するものに変化しているのかもしれない。友人がむやみに多いことから撤退し、少ない友人関係を守る傾向も見られる。自分たちだけでグループを作り、名前を付け新しい関係を求めずに維持することが目的になっていたりもする。ただしそんな関係も環境が変化すれば、すぐになくなる希薄なものになってきているともいえる。

 実際の体感として感じること

 
本を読み終えて納得いく部分が多かった。実際の生徒から感じることと本の分析は非常に似ていた。自分が実践している授業ではうまく折り合いをつけて集団で課題に取り組むことを求めている。人間関係を重視しているからこそ余計に感じることなのかもしれませんが、意見をすりあわせたりお互いの意見をぶつけあって妥協点を作るということが得意でない生徒がかなり多い。分からないことを教えてもらったり、分からないことを納得いくまで人に聞くということができない。
  
 そもそもなぜ課題を自分だけで終わらせてはいけないのか、関係性を作る必要があるのか、という考えがベースにあるように思います。人間関係を作っていくことが得であるということを体感しないまま過ごしてきているという印象を受けます。

 友人関係の変化を新聞に登場した「親友」「友人」という語をベースに分析していくというあまり見たことない研究によって、現代の友人関係について学ぶことが出来る1冊でした。

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