『水を縫う』寺地はるな
寺地はるなさんの『水を縫う』を読みました。男らしさ、女らしさ、普通、そんな言葉たちに縛られて生きづらさを感じている家族の物語。姉の結婚と結婚式を通してそれぞれの視点で進んでいく物語は他人との人間関係だけでなく、実は多くの人が家族との関係にも悩んでいる。近くにいるからこそ気をつかって生きている。親が求める普通に対して違和感を持ちながら答えなくてはならないのかと悩む姿。子どもが周りとうまくいくように普通でいてほしいと思う親の姿。孫を見て、娘をみて自分がどう関わっていけばいいのか悩む祖母。それぞれの辛さが丁寧に描かれています。
読書感想文全国コンクール高校生部門の課題図書に選考されているんですが、感想文は書かなくてもいいですがぜひ読んでほしい1冊でした。
学校が認める個性
そんな中で僕が1番、心がざわつき、響いた部分があります。書かれていた内容はこんな感じのことです。学校は個性を尊重すること、伸ばすことに向いていない。学校が受け入れられる個性は柴犬に交じったポメラニアンくらいのもので、犬の集団にアヒルが入ってきたら扱いきれない。
ああそうだなあと思いました。言語化されて聞くと本当に納得しました。
学校では個性が大事、個性を尊重するべきだと言いながら、多くの学校では同じ行動が求められています。学校が決めた一方的なルールからはみ出した子に対して、それも個性だからといって受け入れることはしません。守ることが強制されます。同じように座ることが求められ、同じテストを受けることが求めれます。同じ評価基準のもとに評価されていきます。
アヒルに犬と同じことを求めても出来るわけがないのに、アヒルに飛ばずに移動することを強制するのが学校です。1人だけ飛んでいくのは平等ではないというのが学校に根強く残る考え方です。アヒルは飛べるから飛んで先に行って様子を見て来てとか、そのままどこまでも飛んでってとはなりません。最終的には歩くのが遅いアヒルのペースで歩くことを犬にも求めます。
結局みんながゆっくりと地上を進んでいくのが学校です。
ただそれでも今は既存の学校にあわない子供も違ったカタチの学校を選択できるようになってきています。ただもちろんそういった違った学校を選択することができない子供も多くいます。学校が大切にすべき個性とは何なんでしょうか?学校とは何を大切にするべき場所なんでしょうか?
考えさせられました。いい小説でした。

寺地はるなさんの『水を縫う』を読みました。男らしさ、女らしさ、普通、そんな言葉たちに縛られて生きづらさを感じている家族の物語。姉の結婚と結婚式を通してそれぞれの視点で進んでいく物語は他人との人間関係だけでなく、実は多くの人が家族との関係にも悩んでいる。近くにいるからこそ気をつかって生きている。親が求める普通に対して違和感を持ちながら答えなくてはならないのかと悩む姿。子どもが周りとうまくいくように普通でいてほしいと思う親の姿。孫を見て、娘をみて自分がどう関わっていけばいいのか悩む祖母。それぞれの辛さが丁寧に描かれています。
読書感想文全国コンクール高校生部門の課題図書に選考されているんですが、感想文は書かなくてもいいですがぜひ読んでほしい1冊でした。
学校が認める個性
そんな中で僕が1番、心がざわつき、響いた部分があります。書かれていた内容はこんな感じのことです。学校は個性を尊重すること、伸ばすことに向いていない。学校が受け入れられる個性は柴犬に交じったポメラニアンくらいのもので、犬の集団にアヒルが入ってきたら扱いきれない。
ああそうだなあと思いました。言語化されて聞くと本当に納得しました。
学校では個性が大事、個性を尊重するべきだと言いながら、多くの学校では同じ行動が求められています。学校が決めた一方的なルールからはみ出した子に対して、それも個性だからといって受け入れることはしません。守ることが強制されます。同じように座ることが求められ、同じテストを受けることが求めれます。同じ評価基準のもとに評価されていきます。
アヒルに犬と同じことを求めても出来るわけがないのに、アヒルに飛ばずに移動することを強制するのが学校です。1人だけ飛んでいくのは平等ではないというのが学校に根強く残る考え方です。アヒルは飛べるから飛んで先に行って様子を見て来てとか、そのままどこまでも飛んでってとはなりません。最終的には歩くのが遅いアヒルのペースで歩くことを犬にも求めます。
結局みんながゆっくりと地上を進んでいくのが学校です。
ただそれでも今は既存の学校にあわない子供も違ったカタチの学校を選択できるようになってきています。ただもちろんそういった違った学校を選択することができない子供も多くいます。学校が大切にすべき個性とは何なんでしょうか?学校とは何を大切にするべき場所なんでしょうか?
考えさせられました。いい小説でした。

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