『闘資』

  浜口倫太郎さんの『闘資』を読みました。主人公の関大輔は高校時代に父親が事業で失踪し、母親が過労で倒れてしまう。大輔は高校を中退し、弟と妹と3人で東京で肉体労働をしながら3人で暮らす。お金がないことで自分の夢を諦め、弟や妹にも不自由な思いをさせてしまう。そんなお金に苦しめられる日々の中で、ベンチャーキャピタルで成功している今井賢飛と出会う。大輔は賢飛にで弟子入りを志願する。大輔はお金持ちになれるのか。お金持ちになることで大輔は幸せになれるのか。
 小説には『シンマイ』の二人が登場してきたり、浜口倫太郎さんファン心をくすぐる展開もあってかなり面白かったです。

 お金は選択肢を増やすことができる

 
お金があるとはどんな状態なんでしょうか?
 僕の中ではお金があるということは選択肢を自由に選べるということです。ただ選択肢を複数、選べる人は、そのことに対して無自覚なことが多い。逆にお金がない家庭に関しては、自分に選択肢が少ないということに気づきます。
 なぜなら子どもは親の経済状況にかなり敏感に察するからです。それに加えて周りの子どもは塾に行きピアノを習って、水泳をして、書道をして、月に数万円を払ってもらっています。子どもは学校で自分には選択肢が与えられていないことを突きつけられながら過ごします。小説の中のように自分の進路に関して本当に思っていることを口に出さず我慢することが多くなります。

 お金が多くあり選択肢が多いことは幸せにつながるんでしょうか?

 多くの人はお金があり選択肢が多くあることを幸せだと考えています。経済格差が広がり続ける現代社会では、利益を独占した勝者が裕福な生活を送ることが、成功のモデルケースとなっています。多くの人は、お金持ちになり物質的に満たされることで幸せになるという考えに支配されています。友情や愛が大事だと言いながら、結局はお金がないと幸せに生きていくのは難しいと思っています。

 この小説で問いかけているのは、本当に裕福になって高級なレストランをいくつも選択できてお金を気にせずご飯を食べることだけが幸せですか?
 1袋20円のもやしでも月に1度の安い焼き肉でも、そこで誰と食べるかを抜きに幸せを語ることが出来ますか?という問いな気がします。お金がなく選択肢がないと、視野が狭くなり余裕がなくなることも事実だと思いますが、周りに誰がいてくれるかを疎かにしてはどんなにお金があっても幸せとはいえないんだと感じました。

IMG_9696