やらないのは悪いこと?
 
 現役教師の庄子寛之さんの学校の働き方改革についてのインタビュー記事。全文に渡って凄くいい内容でした。予定があるから逆算してやることを決めていける。何をやって何をやらないかを明確にする。外とのつながりが余裕をうむ。教師が自分のために動き、余裕を持つことが生徒のためになる。いろんな言葉が響く内容でした。特に印象に残った部分を引用しておきます。
日本の教育現場で認められない「やらない権利」
庄子:日本の教育現場の中で、「やらない権利」を認めなさすぎているなと思っていて。やらない子がいると、どうしても「やりなさい」と言ってしまうし、そうは言わなくても、「やろうよ」と教師がエネルギーを費やしてしまうんです。

人の背景ってわからないし、家の中でそういう怒られやすい立ち位置なのかもわからないし、昨日はすごく疲れていたのかもしれないし、昨日はすごく怒られたのかもしれないと考えると、一斉に同じことを「先生が言ったからやりなさい」としなくていいような気がしていて。

人にさえ迷惑をかけていなければ、「やらない権利」も認めつつ、でも「やらない」といういつもと違う行動をしているなら、「どうしたの?」と声をかけてあげるべきだし。「今、休んでていいけど、後で休んでいた理由教えてね」って声をかけていくことで、信頼関係って生まれてくるんじゃないかなと思っています。

働き方改革では、現場の先生はかなりエネルギーを割いて「教える」ことをやるんですけど、教えるためには、やはり人間関係ができていないとダメじゃないですか。相手との信頼関係がまったくなくて、どんなにいい教え方をしても響かない状況なのに、「響かないから教材研究して」って(言われて)先生も(帰る時間が)遅くなって、それでも響かないからその子を怒ってしまうという負のスパイラルになっている気がするので。

やはり「やらない権利」を認めることと、教えることにエネルギーを割き過ぎないことを、私は意識していますね




 今、やってないからといって本当に最後までやらない?

 自分自身も今まで、やってない生徒に対して同じようにやらすこと、同じ速度で進むことを大切にしていたこともありました。一緒に本文を読み進めていき、質問をしながら進めていく。ふと自分に置き換えてみた時に自分の読み方を強制されたり、読む速度をあわさないといけないとなったら凄く嫌だろうなと感じました。  
 というか、最初は疲れていてやる気にならなくても回復してやる気になることもあれば、その日はずっとダメなこともある。子供・大人なんてことは関係なく、人はそういうものだと思います。やらない日があることで、やる気になることもある。強制されてやらされる1時間より、自分でやろうと思ってやる30分のほうが圧倒的に身になることもあります。
 やらない=サボる やらない=手抜き といったマイナスイメージが学校だけでなく、今の社会には蔓延している気がします。やらない・削るがいつもマイナスではないということを、伝えて実践していきたいと思います。


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