朝の通学風景を見てどうにも違和感を感じました。

今まであまり意識していなかったんですが今日はみんな静かな気がしました。

全員マスクもしていました。

熱ければ熱中症対策で外してもいいとなっていたはずなのに。

集団登校だからなんでしょうか。

まだまだ朝から暑いです。

マスクをして会話もなく登校。

学校でどんな授業が行われるのか分からないので何とも言えませんが本当に全員が同じ時間に登校して同じ時間に授業を受けなくてはならないのでしょうか・・・

休み時間はどう過ごしているんでしょうか?

猛暑とコロナの状態で学校に集まってしか出来ない授業を実施できているんでしょうか。

そんなことを思うのと同時に僕が現場で勤務していたとすると何が出来たんだろうかとも考えました。


授業時数確保のためと言われ同じように開始された学校の中でソーシャルを守った授業をしていたのでしょうか。

私の所属する大学院内でもコロナが発生し大学の登校が禁止されています。

決定したことを素直に受け入れ、その中で何が出来るのかを考え研究し行動しています。

なぜ登校が禁止される必要があるのか?とはなっていない。

まあこれは少し違う気もしますが。

基本的に決められたことを素直に守るという姿は変わっていないんだろうなと思ってしまいます。


ということは、学校で勤務していても決定に従いその中で何が出来るか考えていたのだろう。

「なぜ登校させる必要があるのか。」を真剣に話し合うことはないんだろうな・・・

「なぜ」に向き合うことなく言われたことを受け入れ続ければ、もし決定権を持つようになっても僕は受け入れるという決定しか出来なくなるのかもしれません。

院は決定してもらうことが勤務中よりかなり少ないです。

自分でやることを選択し、決定していかなくてはなりません。

「なぜやるのか」「何のためにやるのか」を考える機会も多いです。

もちろん全てのことに反対し、受け入れないなんてことは無意味です。

前と同じことをやることも円滑に進むためにはとても大切です。

ただ「なぜ」ということにはきちんと自分の意見に論理武装して向き合える準備はしたたかに進めておこうと思いました。



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