本質学研究会オンライン特別シンポジウムを視聴しました。

本質学という言葉を初めて聞きました。

僕が理解した本質学なので間違っていることもあると思います。


本質学って何か?

物事の本質を考えた上で研究し実践していく学問。

現れている事実を研究するのではなく事実の奥になる本質を探究する。

具体的に教育学という学問で説明してくれました。


1日5時間学習した子より7時間勉強した子のほうが成績が上がった。

学生服をきっちり着ている学校とそうでない学校で学力の差があった。

そういった事実があってそれをもとにどうすればさらに成績が上がるのかを研究する。

そうやって成績や学力を上げるためのノウハウが教育学として研究されている。


それらは教育学の本質ではない。

まず「教育とは何なのか?」を問う。

教育に絶対的なものはないという前提のもとで「共通了解」を得れるところまで持って来る。

その問いと解がない中で教育学が進んでしまっている。


解が決まることでどういう手だてを行うべきかが見えてくる。


哲学も壊れてしまっていると竹田教授は話されていました。


相対主義という考えでは正しい価値観というのは人や文化、時代によって異なるという考えます。

相対主義はすごく正しいように感じます。


殺人であっても時代によっては娯楽であったり、正義になりえるからです。

ただ、誰もが対等で人の自由を奪う権利はないというのは絶対的でないにしても共通了解を得れていると思います。


その結果として長い時間をかけ、人は人間同士の殺し合いを鑑賞し、楽しいと思う感覚はなくなってきています。

つまり相対主義が正しいことばかりではないということも確かだということです。


人は問題に対して特効薬のようなものを求めてしまう傾向があります。

そんなものはないという前提を持ち、まず本質を考えることが最善で最短の道だということ。


本質を考えることで手段が生まれてくる。

何を研究するかの優先順位が生まれてくる。


僕はこの年になってもまだこの本質に対する問いが足りていないと実感しました。

優先順位をつけることがとにかく下手なのは自分のやるべきことへの問いかけが足りていないんだと思います。


正直かなり難しい語が登場して頭がクタクタになりました。

ただ竹田青嗣先生の話を聞いてみたいと思っていたので良かったです。

もちろんこれで何の行動もしなければ意味がないので本質について問い、人と対話していこうと思います。

honsitugaku