上橋菜穂子さんの作品『獣の奏者』に続いて2作目。
こちらも4冊のシリーズでしたが終わるのが寂しかった。
ヴァンがどうなったのか知りたい。
いや、ヴァンがどうなったかを書くのは野暮なのかもしれない。
僕の中でのヴァンの物語があればいいのだろう。
長編だという理由で読むのを躊躇している人がいるならそこのハードルはまったく気にしなくても大丈夫です。
あっという間に読めてしまいます。
続編が出ていたので当然、ポチった。
鹿の王は医療小説としても評価されている。
現代医療を自然に異世界に取り入れている。
そしてあらためて自分の身体のことを自分が知らないということを思い知った。
僕はいつくらいからか偏頭痛が持病としてある。
いまだにどういう時にどんな理由で頭痛が起きるのか分からない。
僕の身体の中の何かが頭痛を起こしている、気づいていない体の不調を克服するためなのか、身体の不調を知らせるためなのか?
僕には身体が起こす痛みの原因すら分からない。
それでも自分は自分の身体を支配していると思っている。
さらに自分の身体で起きていることをほとんど理解していないのに、自分の手で生きていると思っているし、生きる意味があると思っている。
小説の中でこんな言葉が出てくる。
生き方や死に方が決まっているのかもしれないという話に対して。
「なぜだろうな。生き死にを、ただ、そう生まれたからだ、とは、思いたくないのは。生きることには、多分、意味なんぞだろうに。在るように在り、消えるように消えるだけなのだろうに。」
身体の中も人が生きる世界も自分がコントロール出来ることは驚くほど少ない。
それでも自分が生きる意味を考えたいし理解できないものを克服したいと考える。
人間は医療を発展させ身体のことを知りコントロール出来る努力を重ねてきた。
そんな人間をあざ笑うかのように人間がどうすることも出来ないウィルスが人間を襲う。
人はその死を自然のことだと受け入れることなくまた克服しようとする。
それは愚かな行為なのだろうか?
僕はそうは思わない生きることにもがく人間でありたいと思う。
生きる意味を考える人間でありたいと思う。
『鹿の王』、『獣の奏者』に続き好きな小説の上位になる作品でした。



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